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死を思うことは最高の慰めである

1 :のほほん名無しさん:03/10/07 01:41 ID:G8xeaapk
というようなことを誰か言ってなかったっけ?

2 :なー:03/10/07 01:42 ID:PV5LoYUS
寝ましょう。(´ー`)

3 :人間は地球のダニ:03/10/07 01:46 ID:???
 日本は世界最悪の木材輸入国である。
生命の宝庫である熱帯雨林を、もうこれ以上伐採するな!
それにはまず割り箸を使わないことである。
木材の輸入を止め、国産材を有効利用する必要がある。
車に乗るな!自転車に乗れ!割り箸使うな!空気汚すな!水を汚すな!ゴミ捨てるな!
何億年もかけて生物が住めるようになった今の環境を
一瞬で壊してしまうなんて傲慢すぎる!自然に敬意を払え!
今の人間は地球にとってダニ(寄生虫)以外の何者でもない。
やりたい放題かよ!自分で自分の首を絞めている事に気が付かないのか?
 自然あってこその人間なんだ!
なぜそんなに挙って大気汚染や温暖化に貢献したがるのか?
一人で移動するのに車が必要なのか?自分の脚を使え!
10km以内なら余裕、気合入れれば50kmは走れる!
その方が自然の為でもあるし、自分の為でもあるのに!
なぜそんなに楽して汚したがるのか?心が痛まないのか?
偉そうに窓からヒジ出して騒音撒き散らしてる場合じゃない!
お前らのようなクソの為に山が削られ水辺が埋め立てられてるんだよ!
悪質な改造していい気なもんだよ!何とも思わないのか!
 温暖化の影響は地球全体に及んでいる。
世界中で自然環境や生態系のバランスが崩れている事に気付かないのか?
文明社会は自然破壊の上に成り立っている。全て人間が悪い!
自然に対して横暴・無頓着・無神経な奴に生きる価値はない!
ティッシュガバガバ使うな!洗剤ガバガバ使うな!
水出しっ放し、電気つけっ放しで平気な奴 死んでくれ!
ゴミのポイ捨て平気でするようなクソ野郎は今すぐ死ね!!
空き缶 空き瓶 ペットボトル位持ち帰ってリサイクルに廻せ!
粗大ゴミ捨てるような奴!お前がゴミだ!埋めてやる!

4 : :03/10/07 01:50 ID:???
どゆこと?

5 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:34 ID:TUwTsBVK
少し違うかもしれないけど、日常に絶望していないことこそ絶望的だ、とキルケゴールはいっている


6 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:39 ID:???
自分自身に絶望している者は、自分自身に自分の存在の根拠を置くことはできない。
具体的な他者との関係において絶望している人間は、他者との関係に自分の存在の根拠を置くことはできない。
だとしたら、人はどこに自分の存在の根拠を見出すことができるのだろうか。
人は、生きている限り、自分の存在の根拠、あの「生きていてよかった」という実感を伴った根拠を求めざるを得ない存在である。
だからこそ、人は自分自身と関わり、他者と関わる。
だが、その存在の根拠はどこにもない。ここに、もう一つ深い絶望が横たわっているのである。


7 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:40 ID:???
そもそも、人は、何故、絶望するのか、絶望はどこからやってくるのか。
この問いに対して、キルケゴールは、「絶望の可能性と現実性」という観点から論じようとする。
 「可能性」と「現実性」という言葉は、アリストテレス以来、現実の状態を示すために用いられている概念である。
「可能性」とは、「ありうる」「できうる」ということを示し、「現実性」とは、「ある」「・・・している」ことを示す。


8 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:40 ID:???
たとえば、家の柱となりうる木とすでに柱である木。視力を持っているが、
今は目をつむっている者と現に見ている者。
ある像となりうる大理石の固まりとすでに彫刻されて完成している像。
一方は可能性においてあり、他方は現実性においてある。
通常、「可能性」から「現実性」への移行を「生成」と呼ぶ。


9 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:41 ID:???
しかし、「絶望の可能性(絶望できるということ)」と「絶望の現実性(現に絶望していること)」との関係は、
通常の生成の場合と異なっている。
普通なら、可能性から現実性への移行は、存在可能なことから存在へと至る上昇と考えられる。
しかし、絶望の場合には、可能性から現実性への移行は、存在から非存在への下落となる。

10 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:42 ID:???
なぜなら、現に絶望していることは、絶望することができるという可能性すら失っていることであるからである。
絶望は、あらゆる可能性の否定であり、非存在へと向かう精神の運動に他ならない。
そこでは現実性は、無力な否定された可能性である。


11 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:42 ID:???
人間は自己であり、精神であるからこそ、絶望することができる。
人間の自己は絶望する可能性を無限にもっている。
もし、「自己」をもつあなたが自分は絶望などしていないと思ったとしよう。
しかし、それがただ単に絶望していないというだけのことであるなら、
あなたは、やはり、絶望しているのである。
絶望していないということは、絶望することができるという可能性を全面的に否定することであり、
それは「自己」というものを失っていることを意味する。
そして、「自己」を失っているのであるから、それは絶望に他ならない。


12 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:47 ID:???
だから、絶望することができるということは、「自己」、あるいは「精神」をもっているということであり、
これは人間がもっている無限の長所である。
しかし、「現実に絶望するということは、最大の不幸であり悲惨であるばかりでなく、
実に最大の堕落である」のである。なぜなら、絶望は自己自身を失うからである。
この絶望は、人間が、自己そのものであると同時に、
自分自身に関わるという二重性の統合的な存在であるところからやってくる。
人間は無限と有限、時間と永遠、自由と必然の統合である。


13 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:49 ID:???
この統合のバランスを失い、自己自身に対する関係の内に分裂が起こることが絶望に他ならない。
人間の二重性の統合は、その内に分裂の可能性を内包している。
そして、この統合の分裂を引き起こすものは、あくまでも「自己」であり、
それ故、絶望は自己の自由な決断によって、自らが招き寄せたものに他ならない。
絶望の責任は、どこまでも自分自身が負わなければならないものなのである。

14 :のほほん名無しさん:03/10/07 09:49 ID:???
絶望は「死に至る病」である。
 しかし、この「死に至る」という概念は、絶望したことの終わりが死というような意味ではない。
確かに、絶望状態にある人は、肉体的にも精神的にも疲労困憊の状態に陥るが、
絶望という病で、人は肉体的な死を経験するのではない。
「絶望のあまりに自殺する」ということもあるが、その場合、自分で自分の生命を断とうとする人は、
その最後の瞬間には、まだ「自分(自分の生命を断つことができる自分)」というものがあり、
自分に対する信頼は、「死ぬことができる」姿で残されている。


15 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:16 ID:???
絶望は、その自分自身に対する信頼さえ失うことであるのだから、
「絶望の苦しみは、まさに死ぬことができないという点にある。」のである。
死は過ぎ去ったものであるか、これから来ようとするものであるかのどちらかである。
もしそこに苦痛があるとすれば、これから確実に来るものに対する不安から生み出されたものである。
しかし、「死に至る病」の内には、過ぎ去ったものも来たらんとするものもない。
そこにあるのは、常に現在的な苦痛である。
絶望者にとっては、死ぬことができるという希望さえも失われるのである。

16 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:19 ID:???
絶望は「最後の希望である死さえ来ないほどに希望が絶たれているのである。」
「絶望とはまさしく自己自身をすり減らすことである。
けれどもそれは自己自身をすり減らそうとする情熱だけであって、
自己自身をすり減らす力は持っていない。
しかもこの無力感が新たな倍加された絶望の原因となる。」


17 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:20 ID:???
絶望者は何ごとかについて絶望する。一瞬、それはその通りである。
だがそれは一瞬だけのことであり、本当は自己自身について絶望したのである。
「『カイザル(皇帝)か、しからずんば無』を標榜している野望家が、カイザルになれないならば、
彼はそれについて絶望する。だが、その真の意味は別の所にある。
彼はカイザルになれなかったために、自分自身であることに絶えられないのである。
だから彼は本当は自分がカイザルになれなかったことに絶望しているのではなく、
カイザルになれなかった自分自身について絶望しているのである。


18 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:20 ID:???
・・・この自己が今では彼にとって耐えがたいものなのである。
・・・カイザルになれなかった自己自身から逃れられないことが、彼には耐えられないのである。」
「だから、何ごとかについて絶望するのは、まだ本来の絶望ではない。それは絶望の始まりである。
「若い娘が恋故に絶望している。彼女は恋人を失ったこと(彼が死んだとか、
彼が彼女を裏切ったとか)について絶望している。彼女の絶望はまだあらわになってはいない。


19 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:21 ID:???
本当のところは、彼女は自己自身について絶望しているのである。
彼女のこの自己、もし彼女が彼の恋人になっていたら愛情を込めて逃れることができたであろう彼女のこの自己が、
今では彼女にとって悩みなのである。
それはいまでは「彼」のいない自己であらねばならないからである。
彼女にとって宝ともなったであろうこの自己、それが彼が死んだいまとなっては、いとうべき空虚となった。
あるいは彼が彼女を欺いたことが思い出されるがために、この自己が嫌悪すべきものとなったのである。」



20 :のほほん名無しさん:03/10/07 12:25 ID:???
絶望者は、自分が欲しない自己であることを強いられる。自分が欲しない自己であらねばならないことは、彼にとっては苦しいことである。絶望は、最後の砦ともなるべき自己を空虚なものにし、無と化する。だからこそ、絶望は「死に至る病」なのである。
そして、この病は普遍的である。「普遍的」といのは、誰もが、たとえ、自分は絶望していないと思っている人がいたとしても、自らのうちにこの病を抱えていると言うことである。
 つまり、人間は「絶望する動物」に他ならないのである

21 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

22 :のほほん名無しさん:03/10/07 20:40 ID:???
死ねば、とりあえず勘弁してもらえる      と思う。

俺は一番憎いヤツでも、死ねば忘れる。

23 :だらりと垂れ下がったちんちん:03/10/08 02:15 ID:8tc/WLlG
人間は絶望感を感じた時に絶望するのです。
絶望感は脳内の分泌物(かなんかだよ、多分)によってもたらされるのです。
ある物質の分泌が活発な人は絶望感を強く感じ、
他の物質の分泌が活発な人は多幸感を感じるのです。
遺伝や育った環境により汗腺の数が決まり、汗かきになったりするのと同じように、
絶望するのでしょう。
絶望とは物理的現象にすぎません。
脳内の分泌物のバランスがその正体です。
だからどうしたと言われると困るけど。

24 :のほほん名無しさん:03/10/08 03:03 ID:NqPxO4Gm
dakaradoushita

25 :のほほん名無しさん:03/10/08 20:06 ID:???
絶望してるわりにはめちゃめちゃ長い文章書いて「自己」にこだわってるやんか。

哲学者なんかその典型で、「絶望」とか「虚無」とか言いつつ自己顕示欲満々の難解長文書いて
あまつさえ出版までいたす困った人種。

本当に「自己」を空虚にしてしまえた人なら言うこともあんまり無くなるんで文字なんて残さないわな。
悟りでも開け。

26 :のほほん名無しさん:03/10/08 20:40 ID:???
哲学者は絶望を説くが絶望はしていない。

そういうキルケゴールはやはり絶望している事になるのかな?>>1よ。

27 :のほほん名無しさん:03/10/08 23:23 ID:???
なんだか厭世家の匂いがするよ

28 :のほほん名無しさん:03/10/10 13:34 ID:???
もう10代の半ばかそれ以前から
死ぬ方法や遺書について空想し、自分を慰めている気がする。
そうして現実に立ち向かわないまま時は過ぎて
着実に自分は追いつめられている。
何もなく、空っぽの自分。
年齢と共に高くなっていく「最低限身に着けていなければならない常識」
のハードル。

空想から計画、そして実行に移せればどんなにいいかと思わなくもない。
かろうじて首吊りなら各種条件をそなえて実行可能なはず。
しかしそれを実行しようという気も無いのだ。私には。

ただ生き恥を晒すだけ。

だが、それでいつまでも生きていられるわけでもないのだ。

タイムリミットはとうに過ぎている。

29 :のほほん名無しさん:03/10/11 19:54 ID:???

 ┌────────────────
 │結婚したまえ、君は後悔するだろう。
 └───v────────────────────
        |結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。
        └───v───────────────

           クルクル
         ∧∧  ∧∧
         (,,゚Д゚) (Д゚ ,,)
     彡 ⊂   つ⊂  つ  ミ
   ((   ⊂、 /   \ 〜つ   ))
     ミ   ∪  ≡  U′  彡  byキルケゴール

こいつの教えには逃げ道がない。イヤ。


>タイムリミットはとうに過ぎている。
人生に延滞料無し。キルケも言っている(嘘)

30 :のほほん名無しさん:03/10/12 22:46 ID:???
ボブサップ反則負け・・・ぷぷぷっ。わざとだな

31 :のほほん名無しさん:03/10/19 00:55 ID:tKyJtyuq
atmaze

32 :ひどらしずか:03/10/19 01:25 ID:???
全体が死ぬ方が慰めにはなる

33 :スイセイ:03/11/08 03:42 ID:???
ふだんはどうでもいいような生活してるからな。
この苦しみも永久じゃないんだ、と思えば気も楽だ。(死後の世界は永久とかいわれると
つらいけど)

でも金も女も欲求も手に入れてしまったら、やっぱり死は怖いものだろうな。

34 :.......φ('-' )-8)) ◆TABIi7Oi0s :03/11/23 16:47 ID:???
子供の頃、母親に、
「死にたくない…」って泣きついた事があります。
なんか、死ぬってことが、やたらと怖かった。

よる布団に入っても、寝てるあいだ「意識」はどこに行くんだろう…
とか考えて、怖くなって寝られなかったこともあったりなかったり。

でも、だんだん死ぬ事が怖くなくなるんだよねぇ……
やっぱり、先が見えてくるからかな?
わからないけど、あと10年したら、多分もっと怖くなくなると思う。

35 :なー:03/11/26 03:11 ID:JzwZg4Vp
シマウマ。光の矢。

36 :のほほん名無しさん:03/11/26 04:52 ID:???
確かに葬式の垂れ幕はシマウマの模様だし、
光陰は矢のようだ。

37 :旅人:03/11/27 19:03 ID:???
生は絶望 死は恐怖

38 :のほほん名無しさん:03/12/11 07:27 ID:8usnUxkO
 

39 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

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